大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)280号 判決 1973年3月13日

上告人

上野山武之

外二九名

右三〇名訴訟代理人

原田昇

被上告人

総評全硝労新東洋硝子労働組合

右代表者組合長

滝本三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人原田昇の上告理由第一点について。

所論指摘の点に関する原判決(その引用する第一審判決を含む。以下、この項において同じ。)の認定・判断は、その挙示する証拠関係に照らして首肯することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の証拠の取捨・判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。

回第二点について。所論指摘の点については、原判決は、第一審判決理由を一部訂正のうえで引用しているのであり、それによれば、本件貸金の弁済期は昭和四一年三月二日到来した旨を認定・判示していることが明らかであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないことに基づくものであつて、採用するに由ない。

同第三点について。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下、この項において同じ。)は、その認定事実に基づき、上告人主張の権利濫用の抗弁を排斥したものと認められ、この判断は、正当として是認することができる。所論指摘のような間接事実については、事実審としても、必ずしも逐一判断を示す必要はない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第四点について。

仮差押の目的は、債務者の財産の現状を保存して金銭債権の執行を保全するにあるから、その効力は、右目的のため必要な限度においてのみ認められるのであり、それ以上に債務者の行為を制限するものと解すべきではない。これを債権に対する仮差押について見ると、仮差押の執行によつて、当該債権につき、第三債務者は支払を差し止められ、仮差押債務者は取立・譲渡等の処分をすることができなくなるが、このことは、これらの者が右禁止に反する行為をしても、仮差押債権者に対抗しえないことを意味するにとどまり、仮差押債務者は、右債権について、第三債務者に対し給付訴訟を提起しまたはこれを追行する権限を失うものではなく、無条件の勝訴判決を得ることができると解すべきである。このように解して、右仮差押債務者が当該債権につき債務名義を取得し、また、時効を中断するための適切な手段をとることができることになるのである。殊に、もし、給付訴訟の追行中当該債権に対し仮差押がされた場合に仮差押債務者が敗訴を免れないとすれば、将来右仮差押が取り消されたときは、仮差押債務者は第三債務者に対し改めて訴訟を提起せざるを得ない結果となり、訴訟経済に反することともなるのである。そして、以上のように仮差押債務者について考えられる利益は、ひいて、仮差押債権者にとつても、当該債権を保存する結果となる。さらに、第三債務者に対する関係では、もし、右判決に基づき強制執行がされたときに、第三債務者が二重払の負担を免れるためには、当該債権に仮差押がされていることを執行上の障害として執行機関に呈示することにより、執行手続が満足的段階に進むことを阻止しうるものと解すれば足りる(民訴法五四四条)。

右判示の趣旨に牴触する大審院判例(昭和四年七月二四日判決・民集八巻七二八頁、同一五年一二月二七日判決・民集一九巻二三六八頁等)は、これを変更すべきである。

ところで、本件において、原審の確定したところによれば、被上告人が上告人らに対し本件貸金請求訴訟を追行中、昭和四三年八月二四日、訴外佐藤一二の申請により本件債権に対する仮差押命令が発せられ、その頃執行を了したというのであるが、これによつて本件請求が手続的にも実体的にもなんらの影響を受けないことは、前判示のところから明らかである。したがつて、これと同旨に出た原審の判断は正当というべく、原判決に所論の違法はないから、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(関根小郷 田中二郎 天野武一 坂本吉勝)

上告代理人原田昇の上告理由

第四点 原判決は次の点について、法令の解釈適用をあやまつたものであり、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、本訴請求にかかる債権は、原審口頭弁論終結前に訴外佐藤一二によつて仮差押がなされているのであるが、原判決は、「債権が仮差押されても、被差押債権の債権者(仮差押債務者)の、債務者(仮差押第三債務者)に対する右債権に基づく給付請求権の態容に、たとえば無条件のものが条件付となるような影響を及ぼすものではなく、ただその終局的実現が仮差押債権者に対する関係で相対的に阻止されるにとどまるのみである。これを訴訟手続上において考えると給付の判決をすることはもとよりのこと、その判決の執行も当然には妨げられないのである。」と判示して、無条件即時の給付を命ずる第一審判決を維持しているのである。

しかしながら、右判断は仮差押の効力に関する法令の解釈適用をあやまり、かつ大審院および福岡高等裁判所の判例に違反するものであつて、その誤りは判決に影響することが明らかであるか、破棄を免れないものである。

二、債権に対する差押命令の執行と、仮差押命令の執行との間においては、その効力には特段の相違はなく、いずれも目的たる債権について、債務者の第三債務者に対する取立その他の処分権能を剥奪することを本質とするものである。

この点について原判決は、民事訴訟法第五九八条第一項の規定と、同法第七五〇条第三項の規定の相違を捉えて、あたかも債権仮差押命令においては債務者の処分権を剥奪しないかの如く判示するが、誤りも甚だしい。

三、債権に対する仮差押命令(差押命令も同様であること前述のとおり)によつて債務者の取立その他の処分権能が剥奪、制限せられるということは、これが仮差押債権者に対する相対的関係にせよ、あたかも債権について質権が設定せられたり、また債権が譲渡された場合と同様に、更にはその債権が債務者の破産によつて破産財団に属することとなつた場合と同様に、債務者をして第三債務者に対する当該債務の履行を請求する権利を実体的に制限するものというべきである。従つて第三債務者に対し、当該債権に基く現実的即時給付を求めて訴を提起した仮差押債務者は、その訴訟の係属中に自己の債権者より当該債権を仮差押された以上、もはやその債権に基く現実的給付を求めることは許されないこととなるわけであつて、その請求は実体的権利を欠くかまたは実体的権利保護要件を欠くものとして棄却せられなければならないのである。

この点を判示する次の判例がある。

大審院昭和四年七月二十四日判決・大民集八巻十号七二八頁、同昭和十二年六月三十日判決・新聞四一六一号十八頁、なお、松岡義正・強制執行要論中巻一一一四頁参照。

四、原判決は、仮差押債務者の第三債務者に対する当該債権に基く給付請求の訴については、これに対し無条件現実給付を命ずる判決をなすべきものとし、しかも当該判決に基く強制執行も当然には妨げられず、第三債務者に右執行手続について仮差押命令を執行機関に呈示し、民事訴訟法第五四四条によつて執行手続が満足的段階に進むことを阻止できる、とする。

しかしながら、当該債権が差押ないし仮差押された場合においては、それが右判決の既判力の生ずべき標準時である、事実審の最終の口頭弁論終結後において生じたものである限りにおいて、弁済等の確定した給付請求権を消滅せしめる事実や、債権者(差押ないし仮差押における債務者)が当該債権の弁済期限を猶予したり、当該債権を第三者に譲渡したことによつて債権者たるの資格を失つた事実と同様に、実体上の異議事由としてこれを主張することにより民事訴訟法第五四五条に基くいわゆる請求異議の訴を以て、債務者(差押ないし仮差押における第三債務者)はこれが救済を求めることができるのであるが、事実審の最終の口頭弁論終結前に生起した差押ないし仮差押の事実を請求異議の訴において異議の事由として主張し得ないことは当然である。一方民事訴訟法第五四四条にいわゆゆる執行方法の異議は、執行または執行行為の形式的な手続上の瑕疵に基くことを要し、執行機関は執行力ある正本の示すところに準拠して執行を行うべきで、その他の事情はこれを顧みるべきではないから、執行機関において調査すべき権限の無い債務名義上の債権者に生じた変動等債務名義に記載の責任の不存在を争うが如きことは、執行方法の異議に拠ることを得ないのである。

従つて、もし仮差押債務者の第三債務者に対する仮差押債権の現実即時給付を命ずる判決によつて強制執行がなされるときは、もはや仮差押第三債務者は、その事実審の最終の口頭弁論の終結前に効力を生じた仮差押の事実を理由として、請求異議の訴によつても執行方法の異議によつても、これが救済を受けることはできないのである。

原判決の判断は、この点において、次の判例に違反するものである。

大審院昭和十五年十二月二十七日・大民集十九巻二十四号二三六八頁、なお、菊井維大・判例民事法・昭和十五年一三〇号事件評釈参照。

なお、付言するに、原判決は本項冒頭の如く判示し、「右の如く解しても債務者の保護に欠けることもない。」と認めているが、既に述べたところによつて明らかな如く債務者たる仮差押第三債務者において既に執行異議による救済を受けることができない以上、その利益を害することは甚大であるばかりではなく、執行異議による救済がもし可能であるとしても、これが救済手段を取るか否かは仮差押第三債務者の意思とその能力等によつて定まることとなるのであつて、仮差押債権者の利益を著しく害するおそれのあることは避けられないのである。

五、本件仮差押のなされた債権について現実的即時給付を求める被上告人の本訴請求に対し、これが容認せられるべきではないこと上述のとおりであるが、当該債権につき将来仮差押の解除せられる場合においては、被上告人は直ちに現実に給付を求め得ることは当然であるから、被上告人の上告人に対する債権は、その存在が認められ、かつ履行期の到来が認められるとしても、いわゆる条件付債権にすぎないのであるが、被上告人に対し、該債権について将来の給付の訴が肯認せられるべき訴訟上の利益があるとすれば、本訴については、少くとも右仮差押の解除を条件としてのみその給付を命ずることができるにすぎないのである。

いずれにせよ、本訴については無条件に即時給付を命ずることはできないのであつて、この点については次の判例がある。

大審院昭和九年三月十七日判決・法学三巻、一一九三頁、福岡高等昭和三十一年二月二十七日・高民集九巻二号七十一頁。

原判決は右の各判例に違反するものである。

六、以上のとおり、原判決の判断は、上記各判例に違反するばかりではなく、債権仮差押の効力に関する法令の解釈適用を誤るものであり、しかもこれが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れないのである。

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